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ただ、空腹を作らんがため

割合、自分を実現している。そりゃうしなうものもあっただろう。しかし自も他も、人はそこについては不問とするもの。


景気の良い時代に、僕は二十歳を過ごした。


出来ること出来ないことを経験し、自分が何者であるかを見極めて、夢見ていいこと悪いこと、の区別が出来るようになるために、学生時代を過ごした。恵まれた時代であり、はたして個人的にも恵まれた環境だった。


それでも手に入れたいものがあれば、手を伸ばし声を上げなくてはならない。それが欲しいと。それは譲れないと。なぜならば自分には、必要だから。

それは、子供の話。


手のかからない子供をやって、手の焼ける友達にはならず、そうやって出来るだけ人に迷惑をかけさえしなければ、好きなことをやっても許されると、思っていた。

それも。子供の話。


しんどい仕事にまみれて、それが無駄にはならないと、人はいう。あるいは、仕事はしんどいからこそ、価値があるとも、言える。

すこし、大人の話。


大好きなことを仕事にしたら、大好きなことがしんどくなってしまった話は、ごまんとある。

すこし、大人の話。


もうCDなんて作らなくていいよね、と思わされる画面

だから、働く。価値も意味もしょせん後付けでしかない。平和で平等で裕福な時代に、ただ空腹をうみだすために。


日曜讃歌2008

月曜啖呵(リミックス)

日曜讃歌1994オリジナル


この3曲を、各種配信サービスに公開。僕にとって日曜讃歌こそが、はじまりだった。それから25年。


ゆたかでも、ゆたかでなくても、生きつづけるのは、しんどいもんだ。


※音源制作および配信にご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

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