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なんとかの秋

最終更新: 2019年11月10日

なんとかの秋ってわけで、10月からこっち、文化的活動に携わる知人が多いため(こういう言い方でも概ね間違ってはいないと思うがどうだろうか)、あちらこちらに出向くことが多かった。いろいろ出かけつづけて若干くたびれ気味なので、今日はゆっくり休んでいたいくらいだ。


どこらへんを書いたらいいだろう。


そうだ。インパクトのあるところではこれだ。僕が2006年から10年使っていたHISTORYのギターが、渋谷のホールライブで使われたんだ。あれには心底驚いた。今使っているギブソンのギターを終のギターとして最優先に使うために、二番手に成り下がったHISTORY、実は池袋フィールドに予備ギターとして置かせてもらっている。もちろん、オープンマイクで誰に使ってもらってもいいし、通常営業のライブでの予備としてもどうぞお使いください、という意味で。


これがなんと、田森理生のマウントレーニアホールでのライブに使われていたの。僕を差し置いて、でかいホールで使われたのよしかも無断。(これを僕が軽口でそのまんま各方面に言うほどに不興を買ってしまい、少し責任を感じている。黙っていればよかったのかもしれない。)


そのライブの本番の時間は、お世話になった中西望さん参加のライブに行かなければならなくなりみられなかったのだけど、誰かその模様について教えてくれる人、募集中。僕はリハーサルの時間に乗り込んで、ギターを綺麗に磨きつつ、ホールコンサートの演出を感心しながらリハーサルは見ていた。



それから、前回書きかけていた、文春野球コラムのファイターズ優勝記念ライブは年明けすぐの1月5日に決まり、その準備をやらなきゃならない。どういう準備かといえば、いくつかの新曲だと思う。幸い、あの小笠原道大がコーチとして帰って来たので、連敗が歌いやすい、だとか、優勝は優勝だから、パレードが歌えるじゃないかといった追い風要素はあるけれども。


僕は今年一回、文春野球コラムに書かせていただいた。えのきどいちろうさんには、渋谷のライトスタンドにも連れて行っていただいた。だからもう、僕のできることで存分お返ししなくちゃならんだろう。やろうと言われたら、はいやります、と即答する姿勢。だいたい、ありがたいじゃありませんか。しかも僕のホームグラウンドでやらせて貰えるんだから。正月だけど。


ちなみに、文春野球のイベントは前週の12月27日に開催される予定で、僕の方は、何様でいこうか、の最終回にかぶっている。これはとても忙しくなると言うべきではないだろうか。少なくとも正月ボケなど、できるまい。



あと、これは書いたんだっけか。毎年誕生日月を起点あるいは終点に位置付けて来たけれども、そろそろ年の初めを起点にしようと考えてきていたので、これを実現することに決めた。つまり、節目のワンマンを1月に開催する。来年は1月17日


しかも、一月から毎月最終金曜日だったのを基本、第三金曜日に変えた上に、何様でいこうか、というタイトルも変えるのだ。(ちなみに何様でいこうか、は、CD作品集の何様で行こう、を作るまでの一年と作ってからの一年、の最初からの二年計画だった。前倒しで次に進むことになる。)


とか言いつつ、誕生日月の三月もやっぱりワンマンになるかも知れないけれど、それはそれ。


ほんとに行ったんだってば 中野サンプラザ


こういった事情で、これからしばらく忙しくなる、というタイミング。昨日土曜日の朝、たまったま朝開いたツイッターに、スタレビが東京公演をやっていると知った。へー当日券あるのかな、と検索したら、あるとのアナウンスも発見。便利な時代になっちゃったなあ。


実はもうかれこれ15年以上観にいっていないし、ここ数年は前もってチケットを買おうとしていた時もあった。だから、開演時間はまだお仕事中だったけども、中野は十五分も乗ればいける。どうせ長いライブだろうし、当日券がなければ諦めて帰ればいい、くらいの気持ちで行ってみたら、もう売り場はすだれを下ろしていた。


当日券はもうない?と訊く。スタレビの?もう始まってますよ。と答える。そりゃそうだろう。そう書いてあるもの。

いいんですよ別に。と言ったら、すんなり売ってくれた。簡単じゃないか。


いやあ、いい席だったいい席だった。総立ちの中ひとり座っていてもバレない、通路側かつぽつんと空いた一席(ちなみにその列以外は、ほぼ満席よ)。そして、膨大な曲数のうちのごくごく一部を知っているに過ぎない僕でも、じゅうぶん楽しめるライブバンド。健在だな。健在っていうか凄みが出つづけるなあ。入れてもらえてよかった。


岡崎はあの頃のままに元気で、そしてよく動けていた。ああいう颯爽とした姿が、彼には昔からすごくよく似合う。僕と一緒にやるのはさぞ、やりづらかったことだろうな、とあらためて思った。


彼は、僕が四谷コタンで歌い始めた頃、そう、べんべんを始める前の頃、忙しい仕事の合間に、本当によく足を運んでくれたんだ。その恩返しを僕は貧乏にかこつけて全然、できないで来たんだ。20年経ってやっと僕にも、お返しができるようになった。実は、そういう意味でもあるんだ。


さて。予定が詰まって来たぞ。僕はいろいろ、作らなくちゃな。

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