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何様でいこうかじょんくんご来場感謝

何様でいこうか、五月の回は、じょんくんとまたくる五月のために(長いので今後はまたくるに略す)、でした。最終金曜日が最終営業日の五月、お忙しい中みなさまのご来場、どうもありがとうございました。お礼だけは素で、ですます調にて。


毎月、ライブハウスから時間をいただいて、すきなことをやらせていただいている。かつて、ライブハウスに出るためにオーディションに出て幸い、仮合格の印をいただき、毎月出演しはじめて、安定感が増えるごとに出番が遅くなっていき、最終出番いわゆるトリを獲得する、なんていう修行形態で育ったものだった。僕は5年くらいかかってそこまで辿り着いたっけ。


そういうものが今の時代からしたら古いのは当然のこと。そもそもが自分で歌を作って自分で歌うようなタイプの人間からすれば、苦渋辛酸を舐めるどころか毎度ぐびぐび飲まされるシステム。ただし、それだけの意味も価値もあった。時間をかけるそのことにも。若い頃はそれ自体が苦痛に感じるものだった。もう25ですよ。もう28です。もう30ですよ。そんな言葉をさんざん吐いたもの。


今はそういうのなしに、気軽にステージに上がれる。例えばオープンマイクという企画。たとえばフィールドで言えば月曜日にそういう企画の日がある。誰でもステージに上がれる。オープンマイクを日本に持って来たのは誰だったか知らないけれども、20年前には稀な機会だったことをはっきり覚えている。それが今や、オープンマイク専門に渡り歩く素人さんが大勢いる。


そういう時代だから、またくる、が平気でできる。僕は自分よりずっと若い人たちが、自分の技術を伸ばすために何をするべきかを気づく端緒になればいいやと思っている。出来不出来ではない。ただ、彼らが実に楽しそうにいるのを見て、僕らの中学生時代を思い出す。ある意味、楽しむという経験が足りていないのを感じる。


何事にも今は通じるけれども、最初から、やらなきゃならないことが決まっていて、やれなきゃならないことが決まっているみたいで、先生について、学ばなければならない、というシステムは、窮屈だ。一番有効なのは、うまい人の演奏を近くで見ることであり、その真似を仲間でやりあう、遊びの時間なのに。


じょんくんとは、江古田マーキーで出会った。年齢がすごく近かった。同じような経験を経て、まーだ歌っている僕たちからすると、またくるの彼らがいかにも無邪気に遊んでいる姿が、楽しそうに見えて仕方がない。ただ僕らはそれを、もっと若い時分に経験していた。


そして、今のステージがある。


ということを、またくるの彼らには感じてもらいたかったので、お招きした次第。じょんくん。ありがとう。また来てね。


ピーマンの花。七月のゲストが会場にいたので

おまけ。


じょんくんとの楽屋話の中で印象的だったことを書いてしまう。


かつて、千葉和臣という方が江古田マーキーに出ていることをちけっとぴあで読んで、行ってみた。客席には僕と連れとスタッフだけだった。


というお話をしてくださった。これは、僕も一度は行ったことがあると思っていたのに、いざ江古田マーキーに出演するにあたり、まったくその場所を覚えていなかったことから、以下のように自分の記憶を書き換えたことと奇しくも符合する。


僕もかつて、千葉和臣という方が江古田マーキーに出ていることをちけっとぴあで読んで、行ってみた。暗くて人がいなくてこわくなって入れなくて帰って来てしまった。


おそらく同じ時期のことだと思う。


一応念のために補足しておくけれども、僕にとって千葉和臣さんは初めて一生懸命ギターを真似した人であり、この文章でけなすつもりなど毛頭なく、彼にもそんな時代があったというお話である。決して誤解のないように。

そしてもう一点、じょんくんは僕が昨年フィールドで海援隊コピーをやった話をうけて、話を合わせてくださったまでで、もっと影響を受けたものは別にある、当然のこと。


来月は6月28日、西池袋軽音楽部とイシヅヤシン。でお送りする、何様でいこうか。

その前に6月15日、横浜日吉で、あいましょう。ちなみに日吉も、オーディションはなかったぜ。

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