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僕たちは何と戦っていたんだろう

何様でいこうか、九月が無事に終わりました。本当にたくさんのご来場、ありがとうございました。(楯川くん、今年声かけした人で一番の客入りでしたよ。ありがとう。)


いつものように、またくる九月のために、をこなしました。我ながら今更ながら、愉快な企画だなあと思います。リハーサル、呆れ果てた山石店長の吐き捨てた評は「高校の文化祭」でした。まさに。でもね、僕は彼らにはそれが不足していると思うので、黙ってやってもらっています。


贅沢なことですけどもね。ステージ使ってお客さんからお金いただいて、文化祭なのですから。でも、そのくらいなのですよ。今あそこにいる三十代って。いいもの持ってても、探求が足りない以前に、楽しめていない。ついでに、この企画が隔月であるのは偶然ですが、二ヶ月に新曲一曲がこなせないくらいなら、とっとと楽器を売って辞めるべきという意味はあります。田森理生などは今、とても忙しい中、それでも食らいついてくる意思を僕は買っています。


でもその雰囲気、楯川明宏には伝わったことと思います。彼も僕も、ステージと呼ぶにはお粗末なステージでかつて、何かと戦っていた仲です。立派なステージのフィールドのリハーサルの時間、あまりの歯痒さに彼は居眠りをしていました。しょっぱなの彼のMCは、それのことなんですね。よくぞ最初に言ってくれたなあと、思いました。



さてもうそろそろ、お呼びするゲストストックも最後の一枚クボフミトくらいしかいなくなっていた、このところです。今年春に久しぶり、たまたま見かけた楯川くんに、おうちからちょっと遠いけど、どうだろう?歌いに来てもらえないかしらん?とお誘いしたのでした。もう半年も前かな。


池袋フィールドは、比較的若い出演者の踏み台的な仕様を目指されているお店。われわれのような、もうどこへ向かって行くのか自分たちでもよく分からなくなっている年ごろの人たち向け、ではありません。


だから、自分なりに気を遣って来ました。できるだけ、自分のキャリアの中の四谷コタン以降に知り合った人で、僕の前の時間に歌ってくれそうな人。というくくりで。あるいは逆に、順番なんか拘らない大先輩の方々。誰を見ても、若いフィールドの出演者には刺激的であることを目的に。僕も含め、こういう人達をまず乗り越えていけよ、という意味を込めて。


ただしあえて出来るだけ避けて来たのが、四谷コタン人脈の中でも、僕と同年輩、同じくらいのキャリアの人たち。僕らは、二十代三十代、確かに、ともに戦っていたのです。


今回思い立って、彼らのうち連絡の取れそうな数人に限って、ご招待してみたのでした。そのうちの幾人かが、急な誘い(二日前)にかかわらず集まってくれました。


ただ、いったい、僕ら何と戦っていたんだろう?と、昨日今日ずっと考えて来ても、明確な言葉が浮かばないのです。彼らとの関係は、ともに戦った同志。であり、永遠の好敵手、であったとなんとなく、思うのです。


でもいったい、何と戦ってきたのだろう?


戦うべき敵など、あの平成の世に、いたのだろうか?


でも、戦っていたような気がするのです。何かと。そしてお互いに。


だから今まで、声かけを避けて来たのでした。たまにちらっと見かけると、みんな続けた分だけ、上手くなっちまった。そこらの日曜歌手の素人さんとは、格が違ってしまっています。


でもいつの間にか、もう戦ってはいないようにも見えます。


ちょうど20世紀末、僕たちは20代でした。30になったらさすがに足を洗おう、という世間の雰囲気はたっぷり感じながら、バブル後の時代を生きていました。そして、誰もが主人公を標榜できる平等な時代が、その後にやって来ました。なにと戦う必要もない時代でした。


警官に追い払われながら、いい歳こいて公園で打ち上げの図

ま、そこまで考える必要もないのかも知れないんですけどもね。よくよく考えたら、僕と同年代も、僕の先輩がたも、若い人たちから見たら同じなんだよね。我ながら実に愚か。でも、小手先の発達した比較的上手と評される若手に対して、キャリアが醸してしまうどうしようもない切迫感は、生演奏において大いに差が出てしまいます。そこを感じ取られた人に、運が良かったな、と思わせるような場所や時間になれば、いいと思っています。


今月は楯川明宏。もうマイク使うライブも残り数えるほど、だなんて、わけのわからないことを言っていました。でもあいつが、辞めるわけがないのです。一ヶ月おいて、多田聡を連れて来ます。今回は会場でただの酔っ払いに見えたことでしょうが、歌において自身を表現する、ということは、こういうことでしたっけねえ、お手本なんかいらない、だってこいつがお手本なんだから、という意味を感じること、請け合いです。そこらの日曜歌手とは比べようもない存在感です。


こんなふうに今後は、あの頃の何かの同志たち、にも声をかけていってみようと思っています。何様でいこうか、は僕の企画。そこには何の矛盾も違和感もないのですもの。

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