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十年前の秋から物語

ここだけの話、つまりまだ公式には発表していないし、少し事情があるのでここだけの話、です。シブイオンガクスタヂオの春奈講師がシブイを去ります。昨年から決めていたことですので、驚きも悲しみもありません。どちらかといえば、喜ばしい展開です。

彼女がシブイオンガクスタヂオを訪れたのは、2009年の夏の終わりだったと記憶しています。全然自分の記憶があてにならないこの頃ですが、体験レッスンに続いてお試し三回9000円というレッスンを経て入会。それから年末まで三ヶ月教えたはずなんです。

だってその次の春に、僕は水道橋から飯田橋へ移って水道橋を彼女に託したのですから。さすがにこの時系列は間違えないことでしょう。昨年はそれからちょうど、10年目だったのですね。あ、つまりこの春4月で、シブイ講師を始めてぴったりの丸まる10年ですわお。

この10年にぴったり重なる来訪者があります。今でも覚えています2009年の9月のこと、すこしお話をいいですか?とその後、毎週毎週僕に聖書の話をしてくれるおじさんが現れたのでした。当時の日記に毎回記録していたのを、思い出しましたよ、今。

宗教団体は、集ってなんぼのようです。ところが僕は、集うのが嫌いなのです。だからこの10年間、もちろんこの春に至るまでも誘われ続けています。集会にいらっしゃいと。でも一度も出向いたことはありません。多分、先方では有名な変人となっているでしょう。


高校を卒業して浪人の年は、新聞配達をしていました。読売夕刊のね。それをたまたま見かけた中学校の同級生に、いやあいつも頑張っているねえ、今度遊びに行こうよ文化会館へ。と言われて、悪い気がしなかったので、ついて行ったことがあるのです。

当時文化会館といえば、板橋区立文化会館だったのです。高校時代僕らはバンドをやっていて、文化会館の地下にある音楽練習室が安く(セルピコが世田谷で利用しているのと同様の公共施設です)、高校時代は随分利用していたし、当時はそこで素人イベントも盛んでした。

そんなわけで文化会館って言ったら、あそこだったんです。ところが、彼が自動車で連れていってくれたのは、有名な宗教団体の日本国内どこにでもある文化会館のことだったのです。それが思いの外近所にあり、自動車が急に道を逸れた時の衝撃をまだ忘れません。

全くなんのことか分からないまま、車から降ろされて連れて行かれた文化会館には、どういうわけか、たくさんの人がいました。僕はたくさんの人がものすごく苦手です。なにせ自分の教室のイベントでの乾杯の音頭とりだって嫌なくらい、引っ込み思案ですから。

僕はまだとても幼くて、宗教のなんたるかももちろん知りません。ただただ当時は、身の振り方が分からずに、同級生のほとんどが選び、親も望む大学進学のことだけを目指して、自転車に三百部の夕刊を積みながら英単語帳を前かごに詰めていたような子でした。

その子を捕まえて、さあ、いっしょに始めよう。と握手を求めるわけです。始めないと、大学なんか合格できないよ、と詰め寄ってくるわけです。そして、その背景で百人どころではない知らない人たちが、なんみょうほうれんげきょうリピートを始めるわけです。

悪夢でしたねえ。当然僕は宗教団体が嫌いになりました。同時に、そのタイミングで僕はビデオテープをお土産にというか、貸し出され持ち帰ったのですね。文化祭の模様が収められているという代物。そしてその内容が凄まじかったのです。ここに書けないほどに。

特別、希望が強かったわけではないけれども、なんとなく大学受験でいくつか合格することができて、最も通学交通費の安い学校に決めた時に、少し鼻をあかしたような気分だったのを覚えています。我ながら実に幼かったなあと思いますけれども、それほど強烈な思い出なのです。

そんなこともあって、僕はもともと人が集まったり狂信的な団体行動、衆愚と称される大衆の非論理的無思考行動に対して、とても過敏に批判的になったものでした。ですから話は戻りますが、集会に誘われるままに行くのは、僕の行動規範の中にはないのです。

なんて説明をするのは、とても面倒なことです。おじさんは熱心にとても真面目に、すごく礼儀正しく実直に、いつだって身綺麗に、聖書の話をしてくれます。そして、時に僕が見るからに苛立っている時には、優しくなだめ、どんな日もまず絶対に怒らないのです。

僕はこの十年の間に仕事場を二度移転しました。その間、ほぼ独りで引っ越し作業、というか毎日が日曜大工みたいなことをやっていました。埃っぽい現場を厭わず毎週必ず顔を見せてくれたのは、おじさんだけでした。その労に、僕は全く応えないというわけです。

しかし、絶対に怒りません。なぜなら、聖書に書いてあるからです。怒りを遅くするべし、と。僕はそれに乗じるかのように、絶対に言うことを聞かないまま、聖書のお話をずっと聞いてきました。いいなあ、いいこと書いてあるよ、さすが聖書。などと言いながら。

とても面白いことに、僕は移転を二回しています。それも、すごく近場なんです。三崎町二丁目から飯田橋一丁目、そこから後楽二丁目。地図で見ていただければわかります。徒歩圏内です。毎日歩いている彼らにしてみれば、散歩にも相当しない程度です。

しかしその三箇所、見事に担当区域が違うのだそうです。だから実は、今来ているおじさんは、3人目のおじさんなんです。こうして書いてみると驚愕の事実ですね。そしてこれは断じて言えます。全員、見事な紳士たちです。彼らの悪口を僕は思いつきません。

でも、世間はそんな風には見ません。彼らが信念に従って玄関の呼び鈴を押す、その時のほとんどの応対で受けるだろう凄まじい被差別感、これ、罰ゲームなんて生やさしいものではなく、自らに課した修行です。ただしこれも、聖書に書いてあるままなのですが。

定点観測始めました

そんな三代目おじさんから、どうしていますか?とメールが届きました。ああ、僕は緊急非常事態宣言に乗じて、いつもの彼との約束をすっぽかしたまま、家籠りの準備に追われそして流れるままに、蟄居生活に入ったのでした。忘れていたわけではないのですが。

僕は即返事を書きました。が、次に会う約束はしていません。実に味わい深い彼のいつもの言葉をここにご紹介します。石村さん働きすぎですよ。毎日毎日、お金はなくとも食べるものがなくとも仕事がなくとも、時間があって好きなところにいけるって最高ですよ。これこそが豊かな人生ですよ。

僕は彼が大好きです。でも、きっと集会には行かないでしょう。実は彼らも、今は密集する集会ができなくて、とても困っているようです。それを思うと、かわいそうになあって思うのです。互いを励まし合う仲間と会えずにあげく、Zoomを使ってるって言うんですもの。

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