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吉岡くんのこと

吉岡の吉の、口の上にある吉、は下の棒が長いのだそうだ。お。それは牛丼の吉野家と一緒だね。と僕が返せたのは、会社員時代、吉野家本社に通い詰めていたことがあるから。しかも、財務帳票を出力するプログラムを作っていたため、本当の吉の字がフォントにないねえ、なんて話題にしていたから。


吉岡くんという後輩がいる。後輩というのは逆に語弊があるかもしれない。世間的には、一番弟子、みたいな言い方が分かりやすいかもしれない。僕が教わっていた教室で講師になった僕がボイストレーニングを教え、彼はのちに独立開業する。しかも地元の大分県で。


彼の独立を機に二人で本を書いた。本当にうまくなりたい人のためのうたわないボイストレーニング、という本だ。それが、2009年なのでちょうど今年で10年だ。彼が大分に帰って10年ということになろう。


そして、独立直後から今に至るまで、毎週一時間、スカイプでお話をしている。仕事の話や、彼は阪神タイガースが好きなので野球の話、楽器の話、あと彼は新しいものが大好きなので、新しいものの話。思えばフェイスブックもツイッターも、その前のなんだえーと、もう名前も思い出せないいわゆるSNSは全て彼経由で教わったものだった。


当初は、独立して心細いからかな、と思っていたが、安定して以降も、ずっと毎週続いている。その時間、最近はポッドキャストの収録もしている。僕は人間が嫌いではないけれども、基本的に一人でものを作っている方が好きなので、ただおしゃべりをしている時間をわざわざ作るのは彼のためだけだ。という態度だから、いわば犬のように彼はひっついてくる。


その吉岡くんが、今年の四月半ば、すこし入院をしてきます連休明けに連絡をします。と言ったきり、音信不通になっていた。1ヶ月を過ぎる頃、さすがに胸騒ぎが始まって、ついには教室のテナントビルから始まって、ご実家を探し求めて何箇所か九州の方へ電話をしたりしていた。見てみるとツイッターの更新も4月の上旬には止まっている。昔なつかしい阿佐ヶ谷の教室の写真をラインで送っても、よまれた形跡がない。


もしものことがあった場合、僕は悔やむだろうか。


と自問したときに、なんと、悔やむだろうと思ったのだった。珍しい。この僕が、悔やむだなんて。


そう、もっとスカイプの時間に、彼の話をちゃんと聞いていてあげればよかった。生徒だった20年ちかく前の頃のように、もっと話を聞いていてあげればよかったと。



そして、ついにここがご実家か、いざまさに今週木曜日に電話をしようと思っていたら、水曜日になって、ご無沙汰しております、遅くなってすいませんと、いつものようにすみませんでなくてすいませんと、連絡がきた。彼は、帰ってきた。


もうちょっとちゃんと、話を聞いてあげる時間にしよう。僕の生業は実は、話を聞く時間が長いお仕事なんだ。

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