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弦を張り替えた

今日はギターの弦を張り替えました。世の中がこんなことになる前に、三セット安売りの弦を仕入れておいたのです。そう、僕にはギターの弦も買えなかった年のことをどうしても忘れられないのですね。四月半ばに自宅宛に届くよう手配したものでした。

これをやったらですね、当たり前ですが感動的にいい音がなりました。おお。いいじゃないかいいじゃないか。人はこれだけでも機嫌が良くなるものです。22日にはまた、そうだ、予定では五月病の歌を作って歌うはずだったのだから、作らなくちゃ。

非常に前向きな気持ちになります。いや、実は今朝は妙な多幸感というやつを覚えたのですね。ちなみに今日お気に入りの言葉です。多幸感。あまり深く意味は考えていません。うすぼんやりとしか扱ったことのない言葉なので、まさに雰囲気です。

毎朝、夜が明ける前後の街を、歩いています。よくよく考えれば僕が高校生の頃には毎日のようにやっていたことなんです。歩道橋の上に登って、朝陽が上るのを見てました。だから学校ではよく寝ていたのです。起立礼号令役だった時もよく寝ていて、放置されました。

つまりまあ今も同じようなことをやるのですが、今はちょっと事情が違います。マスクなしで咎められないまま外に出たいから、早朝を選んでいるのです。同じことを考える人は案外いて、それを避けるためにどんどん早い時間にシフトしていきます。

先日、マスクをした男性が、すれ違いざまに、僕に向かって顎を振ったのです。そう、あっち行け、という仕草です。すごい奴がいたものです。僕だからいいものを、喧嘩になってもおかしくない地域ですよ板橋は。気をつけ給え、気分がよくない話です。


とは打って変わって、気分のいい話ね。うろうろ歩いていてあらためてやたらと目につくのは、各家々にいろんな植物が育てられていて、花をつけている様子です。これが朝陽に照らされているわけです。これを近頃は、なんて美しいんだろうと思うようになりました。

今までだって散々目にして来たはずなのに、どういうわけでしょう。浮かぶ言葉は、えも言われぬ多幸感。どうしてこれに気がつかなかったんだろう五十路まで。これがもしや、頭の中お花畑ってことなんじゃないのだろうか。と、気がついたのです。

すごく不便で、すごく非人間的な毎日を送らざるを得ないものの、こんなにいい意味で新鮮な体験ができるなら、まあいいか、とまで思うのでした。

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