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心は半分、東北へ

台風も関東に迫った夜、江古田マーキーへご来場のみなさま、どうもありがとうございました。


10月12日土曜日も暮れて、自宅の雨戸も閉めきり、突風に混じった大雨を建物じゅうから感じながら、そして先ほどはちょっと大きめの地震までやってきたところです。台風19号です。


通常だと、僕はライブ明けの土曜日、17時まではお仕事です。そのライブが2時間だろうがあるいは昨日のようにせいぜい40分程度であろうが同様に、なんとなく燃え尽きたような消耗感をまとって過ごしているため、あまりこういった文章も翌日に書き切ることは減ってしまいました。いや、今書いている最中なので果たして書き切れるのでしょうかまだわかりませんが。


今回が通常と違うのは、台風で東京の交通機関が午後からほぼ全面見合わせになり、実際僕が最近利用している私鉄は朝から全日運休。たびたび話題にのぼる都営三田線は、わが荒川ぞいの地域は運休。この雨風では自転車も危険。というわけで、実質上通勤不能となってしまったので、自宅でゆっくり休めたおかげで、比較的元気にこうして書いています。


秋に入りました。しみじみお送りしよう、という基本的な考えは最初からありました。そしておまけに台風です。ほとんどのお客さんはまず、来られないです。現に今日の公演は各地で中止になっていますもの。


というわけで、おそろしく古い、三十年以上前に作ってもはや自分で作った気もしないくらい懐かしい歌を二つ三つ、歌ってみました。マニアの中でもこまったちゃんレベルの人には、物珍しく喜んでいただけるけども、初めての方には、クオリティの低さが耳につくのではなかろうか?と心配しましたが、会場見渡しても僕の歌を聴いたことがない人は2名ほどだけでしたので、すなわちそちらが圧倒的少数派。マイノリティはおとなしくついて来るしかない、という雰囲気の中、やらせていただきました。たまには、いいですよね。


写真と記事の内容は無関係です。マーキーライブの日に撮影したものではありますが。

話は少し変わります。


実は、この週末、ちょうどこの時間僕は、東北新幹線に乗っている筈でした。たびたび話題にするように、両親は東北出身であり、僕が生まれたのは福島です。かの震災の時には同胞の災難に毎日、胸が痛かったものです。当時の僕はといえば、教室を二つにしてちょうど一年が過ぎたものの、ぜんっっぜん稼げなくてただただ苦しくて、ひとりになれば悔し泣きばかりしていたものでした。苦し紛れに、東京の僕らは精一杯生きている様、繁栄しているさまを見せて行こう、そのために頑張って行こう。などと鼓舞していくふりをしていました。内心は、ボランティアどころかわずかな寄付ひとつ出来ない自分の現状が情けなくて申し訳なくてたまらなかったものでした。生業としての教室運営を安定させるまでは、歌わないという姿勢で過ごしていましたので、ライブもやっておらず。そういう時期でした。


それから時は流れ、少しは遠出もできるくらいに生業で成長させて貰いました。といって今更、東北に出向く用事も法事以外になく、ましてわざわざ被災地を訪問するにはなかなかきっかけがなかったものでした。いつかは、無念のまま、また、さよならも言わないまま、別れてしまった人たちのことを思う場所と時間を作りたいと考えていました。


だから、日曜日に釜石で行われるラグビーの試合を観に行くのを心待ちにしていました。僕にとってラグビーはたかだか3年あまりほどのにわか趣味です。が、それなりに実際、野球観戦に費やす時間と同じくらい見てきました。急にダミアンマッケンジーと書いてみたり、今年の書き初めには稲垣啓太と書いていたのは、それが漏れ出たものでした。ま、実際にとれたチケットは彼らのいないチーム同士の対戦でしたが。ま、草野球を楽しく見るのと同じです。楽しい。


そのついでに、被災した人へ心を寄せる時間が出来ればと期待していました。


今回、釜石に行ってみようと思い調べてみるにつけ、とんでもなく東京からは遠く、そして、このような悪天候をおして観光気分で、僕なら大丈夫さ、なんて軽い気持ちで強行したとして。もしその際万が一のことが起きれば、自分の愚行を恥じることは間違いがないだろうな、と、楽しみにしていた東北行きを諦めた気持ちを鎮めてから、江古田マーキーライブ、歌っていました。東北へは、いつかひっそり出かけてこようと思いなおしながら、自宅で過ごす土曜の夜です。

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