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月末がやってきた

ほとんど働かなかった、というと言い過ぎですが、普段のように働いた分はお金がもらえる、という世界の中で過ごして来た日々とは全然違う四月が終わろうとしています、さあ月締めだぞー請求書くれよー振り込むぞーという声も虚しくて出せませんでした。

多寡には関わらず、労働をして、その対価としての報酬を手にすること。しかも毎月毎月休まず行うことで、この世界は生き抜くのが普通だと思い込んで来ました。それだけはこの世界では平等に課せられているのだからと、下手なりに頑張って来ました。

諦めないで頑張って来たなあと思うので、これを止められてしまう無念という感情があり、できるだけそこには触れないように生きています。過ごしています。それこそ、無為を尽くすことで、心のバランスを取ろうとしています。そうだ、止まない雨はないはずと。

そうそう。だから僕はツイッターアプリも消してしまったし、テレビのニュースもほぼ見ないようにしています。情報の遮断といえば能動的に聞こえますが、情報からの逃避です。さだかでないことが多過ぎて、それにぶら下がる書き手に危機感が薄いからです。

かといって、このまま浦島太郎を気取るのも、いくらなんでもやりすぎです。一日の始めと終わりに、ニュースアプリを眺めます。ところがこれが、目に優しくなくて、一定時間が過ぎると文字が、読めないほどに霞んでしまうのです。そして眠くなります。

公に向かって立つ人は、こういう機会に何をするかといえば、鬱屈しがちなみなさんのために前向きな気持ちになるような明るい口調で、おうちに籠っての時間つぶしの題材提供です。そういう姿を見ると、つくづく僕は、公に向かって立っていないなあと思います。

せめてお花なら誰もが喜んでくれるかしら

だって多くの人には無益、どころか、前向きにすら見えない自分の生活をたらたらと書くわけですし、しかも、それを一日にただひとつの責務とする、という実に自分本位な行為に終始しているのです。これではいけない。いけない。とも思いました。

しかし、どうせこちらを読む人もすでに限られているわけです。しかも感覚的には、その人たちは、ほんの少し変わった生き物の観察をしているだけです。いっそできる限りの珍妙ライフをできたなら、ご期待に添えるのに。せいぜい歌を作るだけです。


ま、ただの日記ですから気負わなくていいんですけど。

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