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疑わしきはなんとか

なんと今日も昨日に引き続き、出勤のお仕事を取りやめて、お休みになってしまっています。ツイキャスのバランステストも月曜にやりかけで、気にはなりますが、マイクも自宅にありませんので、とにかく身体を休めることに決めたのです。

そして、僕も気がつけばいろんな先生にお世話になっていたんですよ。今日は内科の先生とオンライン診療の末、すばらしく効く痛み止めの処方箋を近所の薬局に送ってもらいました。これは本当に、いい時代になりましたよ。

別の先生からは、石村さんもうその脚、いたわってあげてください。褒めてあげてください。叩かないでください。優しくほぐしてあげてくださいマゾですか。と言われています。なるほど、今回は僕は僕の身体を積極的に労ろうと決めた所以です。

また別の先生は、ああこの人、十中八九痛風発作だよね、どうにも手はないけれども、見てて痛々しいから、痛くないようにしてあげよう。と、工作をし、足裏に貼り付けて地面衝突の衝撃を避けさせてくれました。感謝の気持ちで今さらいっぱいです。


つまり昨日とは違って僕は、痛み止めがよく効いて、穏やかな気持ちで日記を書いているのでございます。面白いから昨夜のノートの続きを貼っつけておきますけれども、悲壮ですね。先生各位の判断は全員、痛風発作の疑いを拭えない、です。

まあ、痛み止めの効いた僕には、いろいろなことが些細に見えてきます。身内に酒で身を滅ぼした人が多かったせいもあって、例えば最近はぼくは弟のように痛風には絶対にならないように、といった妙に強い思いを持って、酒を控えて生きてきました。

でも、控えよう、というおそらくは個体差のある分野での抑制はどこかで、矛盾や破綻させることで均衡を取ろうとするのでしょう。つまり、ストレスをストレスで見せかけの相殺をする、といった無茶をしてしまうのではないかと気がついたのです。

たまたまこの四月五月、平時のストレスが極端に少ない時期となったことで、気がついたことです。無用な我慢は、自分の身体の負担になってしまうようなのです。まして常識的には五十代の身体です。そこを考えてあげてもいいと思いました。

今までなら、ああ、こんなことで仕事を休んでしかも医療費など中途半端にかけてしまって、稼げたはずの機会を失ってしまうのは、反道徳的だ。と間違いなく考えていたんです。働かざるもの食うべからずが、必要以上に身についているのです。


それに対して、この春からの僕は、こんな風に自分に言えるようになったようなんです。お前なんか全方位的にたかが知れてるんだから悪あがきは無駄よ、好きなことをちゃんとやりなさい、と。そう、悪あがきでもしないとならないと思い込んでいたのですね。

おかげでこのたび、休んでしまう自分を許せるようになりました。おかげさまでございます。

ーーおまけーー

今月はいつもの予約フォームではなく、有料配信のチケットをお求めください。よろしくお願いします。


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