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近頃書いていたメール

ちゃまさんこと __さまへ

お誕生日でした。忘れず、どうも

ありがとうございます。

この時期のちゃまさんのメールが

届くと、春だなあと思うのです。

ああ、またしても春が来るなあ。

今年の誕生日を迎えて特筆すべき

ことはと言えば、これに尽きます。

今日自分は誕生日を迎えた、だから

お祝いを言われることがあるはず。

という思考を、一日に何度もする

ようになりました。たまたま日曜

だったこともあり、メールの受信と

LINEの受信のたび、の程度で済み

ましたが、これが通常業務の平日で

あったら、いかばかりだったか。

お客さんに僕の誕生日がそんなに

知れ渡っているのか?とお思いかも

知れませんが、僕の近頃のお客様は

数年来顔ぶれが変わらないため、

誕生日の話題は何度もしているので

これはもう致し方ないのです。

さらにおまけに困ったことには、

誕生日ワンマンライブというのを

毎年やっていましたから、ご来場

非来場に関わらず、職場の壁に

ビラを貼っていたものです。この

時期ばかりは。だからなのです。

ちなみに今年からは、お誕生日の

ワンマンライブというのは、やめて

みました。

ただし、去年も同じことを言って

いた可能性についても、否定は

できませんが、この症状の特徴の

一端であるので、不問とします。

それにしても東京暮らしの我々は、

毎日毎日、令和でいうところの

超濃厚接触をしています。つまり、

毎朝毎晩、ライブハウスにいる様な

ものです。と、思っていたのに、

通勤ラッシュのなさそうな地方の

方が、かの病気にかかる人が多いと

データが示していたので、我々日本

東京生活者はもしかしたら、耐性が

ある、又は我慢強い、辛抱強いのか、

なんてことを考えておりましたよ。

でもこれも、日本人の大好物金メダル

を排出しまくる日本オリムピックを

無事開催するがための凡庸な情報操作

であったとしたら、僕はそれにまた

騙されていたわけで、いつものように

僕はまだまだ勉強中の身の上です。

ぼくと誕生日の同じお父様はお元気

でしょうか。お寿司を望まれたとの

ことであれば、食欲も上々という理解

でいいかと思っています。安心です。

我が父とも明後日の日曜日、喜寿の

お祝いなどと称して昼御飯を食べよう

と計画しています。件の病気に関する

警戒をするべきか否か、少し迷い

ましたが、ぼくも少しは稼ぐように

なったことの証として、この際は、

父にも我慢して貰い、一緒にお祝い

ごっこでもしてみようかと思って

います。

少し、文章が不自然なように思われる

かもしれないけれども、一年に一度

こうしてちゃまさんからの楽しい

メールをもらい、それに返信をする

のが近年のならいですが、すっかりと

二十代三十代の頃の自分の文章には

みられた勢いが、かげをひそめて

しまった感があったので、ここは

久しぶりに肩肘張って、何かしらを

残してやろうと、頑張ってみている

のです。いつでも、平時の自分には

戻れますが、おそらくは、以前、

というか随分前の以前、のことですが

当時の僕は、平時から若干このような

堅苦しい自分ルールに従って文章を

綴っては投げ綴っては投げしていた

ように思います。ああ、つまるところ、

もしかしたら今は、そういう点で

実に堕落しているかもしれません。

堕落という表現が中っていなければ、

落ち着いた、と言うべきでしょうか。

そういえば、近頃つくる歌も随分と

落ち着いた趣に変遷して来ました。

これが、歳をとったということなの

かなと、いえなくもないわけです。

ようやく歳をとったのかもしれません。

そんな気がします。

ちゃまさんは毎年、誕生日がたった

一週間だけ僕が早いものだから、

ただただ例年のごとくに、51歳は

どんな風に見えますか?なんて

尋ねて来ますが、40の時も、50の

時も実際僕は、老けたとか枯れたとか

自覚はなかったのですが、ここに来て

ようやく歳をとったのかもしれないと

実感を伴って言えている気がします。

つまりは多分、この一年のお仕事の

自分の充実ぶりというか、やっとこ

おさまってきた感、に、慣れてきた

ということが言えるかもしれません。

さて。ウイルスによる禍によって

変化せざるをえないことについて、

僕も同様に感じていました。が、

ボイストレーナーのお仕事についても

自分の歌の活動についても、結局

同じ空気の中で自分の感覚を活かす

ことしかやってこなかったし、それを

やめるわけにもいかず、業態を変える

ことには自分は向いていないな、と

先日思い至ったばかりでした。ただ、

あるいは全く別方向へ職種を変えて

しまうこと、変えたものに取り組むこと

ならば、この先の暮らし方の変化に

対応できるのではないかと思いました。

このメールを書いているのは、

金曜日で、ちゃまさんの予定では、

福島、横浜を経て、今日は外国の施設で

打ち合わせということですね。僕はと

言えば、池袋のライブハウスで、

歌っています。この状況の中、

せっかくご予約いただいてた方々から

キャンセル通知がいくつも届いています。

これは仕方のないことだと考えています。

僕にとっては、外しようのない予定でも

社会的立場を考えたら、出かけるべき

ではない場所には行くべきではないと

判断する大人も、お客さんの中にはいても

然るべしです。

それにしても、辛いことです。

ぼくなどの歌を楽しみに足を運んでくれる

人があるという奇跡が、壊されるのです。

それでも、その苦しみや悲しみを、また

歌にのこしていくことへの意欲が、全く

枯れていない自分を体感できるのは、

とてもいい機会だったと思えています。

昨日は、必殺少年少女合唱隊スマイル

という歌を作ろうと思い立ちました。

そんな感じです。頑張ってきます。

少し乱文でしたが、そんなわけで今夜は

歌っています。

また、ちゃまさんの誕生日が近づいたら

続きを書こうと思っています。

それまで元気でいてください。

主治医さんのいう通り、50歳以上は

年寄りかもしれません。そうなると、

こんな風に書いてみたくなるのです。

それまで元気でいてください。

たれちゃんこと石村吹雪より


以上、最近日書いていた、親愛なる旧友へのメールテキストそのまんまです。

稚拙すぎて恥ずかしい。お互い変な呼び名をいまだに使っています。まるで

幼馴染ですが、20代半ばにネット内で知り合い、何百キロも離れたところに

在住のお友達です。

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