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帰るところはあるか


ここ数ヶ月、錯乱している。 この場合もちろん、医学用語における錯乱とは違う。 数ヶ月錯乱したら、どうなることだろう。 悪趣味な比喩であり、しかしこの僕が好んでよく使って来た言葉だ。 こういった言い回しも僕であり、ある意味とても僕らしくて、なるほど一定以上の人たちには、忌み嫌われてもおかしくなかったかも知れない。 これから僕は変わろうとしていて、例えばお客さんが連れて来てくれたお友達くらいには、好かれようと思う。ただそうであったとしても、僕の本質というものは変わらないのだと思うから、さきの特質を悔い改めるべきことではないと思う。ただ、表に出さなければいいのだから。 先日、かねがねお会いしたかった男と、会った。 お互い、ずっと話がしたいと思っていたことが、わかった。 おそらくきっと、お互いの中に、似た何かを嗅ぎつけていたからなんだろう。 これはきっと、世の中によくあることだ。 こんな僕と似たところがあるなんて、かわいそうにとは思う。 歳をとるほど、熟していく点もあれば、よりこじれていくこともあろう。 変わろうとする僕は、文字通り原点回帰を試みてみた。 僕が歌を作り始めたのは、高校生一年生。そこから大学生に至るまでの歌詞を、馬鹿丁寧に筆記したノートを、シブイ飯田橋教室の片隅から、見つけ出して来た。あるんだなあ。案外後生大事に持ってるものだなあ。流石に三十年も前のものだ。覚えているはずもない。今は三月のセットリストを作らねばと焦っているのだから。 ところが気がつけば、僕はこのノートを見ながら片っ端から歌っていた。 気持ち悪くないか?こわくないか?三十年前のものだぞ。と、誰だって思うだろう。ところが、やめられない。 だってここ数ヶ月僕が巡り巡って、自分の進むべき道がすでに、記してあったみたいなのだもの。 


どうしようか。テツヤくん、これは禁じ手のつもりだったんだけども。 まずは自分のために、歌ってみる。 


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