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煙幕という言い方をしてみた


先日、世古武志のCDを聴いていた。そう、いいじゃんこのピアノ誰?と、無意識に自画自賛していた、君に会いたい。 その中に、ノーモアクライという歌があり、当然前々からライブで聴いていたのだ。 しかし、なんでまた今回収録したんだろ?と思ったくらい、僕にとってはあまり重みのないうただったのだ。 どれくらい重みがないかと言えば、あ、またこの歌やってる、なんで毎度のようにこれ歌うんだろ、特に言いたいことはない歌だよね。この隙に、飲むか。 であったのだ。 僕は何度も何度もきいてきた筈である。だからだろうさすがに最近、日本語訳と英単語の羅列であり、昔懐かし中学生のノートプレイか、というところまでは、気がついていたんだ。手法としてはアルフィーの面白いとこどりそのものだな。とか、笑いながら。 昨日、はたと気がついた。 この歌、僕たちが使ってはならない言葉の羅列だったんじゃん。言わば、禁句集。 彼としたことが、なんで歌ってるんだろうな、と思ってきたのだけど、そうではなく、わざとやってたんだ。なんてことだ!騙されたちくしょう。禁句集か!やられた。というより、やられてた。 この世の中の人には、どこが禁句集かと思われる可能性がゼロではないので、補っておこう。もしもあなたが、自分らしく自分の言葉で歌いたい、なんていう欲求を持たれたら、間違ってもこの歌に使われている言葉たちを安直に使用するのは控えたほうがいい。他者との差別化が難しくなるから。つまり、自分らしく歌いたい人あるいは、誰とも違う自分が必要な人のための禁句集なのだ。これで、おわかりいただけるだろう。 そしておそらくは人並はずれて、ユニーク、であることに価値のウェイトを置く僕としたことが、どうしてこんなことに今の今まで気づかないのかといえば、ここがつい、煙幕と称した理由なんだ。 のっけから使い古された言葉の羅列に退屈させられ朦朧として、まあ、いいか、この歌はちゃんと聴かなくてもいいや、という気持ちになり、エンディングを待ってしまった。そうよねー男の子だもん、と相槌を打って終了。効果として、実体をぼやーんとさせて油断させるが如くに言葉の煙幕を張り巡らせていた、というわけなのだ。だから、最後に自分が無意識に、そうねー男の子だもんねー、と了承していることにすら、気がつかないうちに、終了。 了承してんだなあ。最後だけ。 やられた。というのは僕の場合は、そこ。 世の中のみなさんは、煙幕にやられてくださいな。 あ。やられてるかも。みんなやられてたかも。そんな風にも見えてきたぞ。 


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