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そうでもないもののお話。


長年挑戦してきた音源制作。なにせ高校生の頃に覚えて、節目節目に時々やめたものの、軽く三十年を経た今となっては、ほぼ途切れることなく取り組んできたライフワーク然となってきたために、として片付かないほど出来てしまった膨大な音源があります。その中で、ことに古いものの多くはお蔵入りすべきものになっています。

もちろんここでは、そうでもないもののお話。

僕の活動が、今を生きる、それをうたう、というある意味刹那的な性質のために、まるでメモ帳に書きつけた程度の鮮度でライブで歌い、そのまま思い出されることもないまま放置になるうたが多数あります。

幸いそれでも、半数ほどのものは歌詞を見れば再現できる程度に、自分の中では形になっているので、時々思い出して急に歌ってみせる、なんてこともやっています。

斯様に、月々一曲くらいトップページに掲げてみて、ああ懐かしいね、季節のうたね、リマスターしたのね、だとか。執念深く録音しなおしたの?だとか。あるいは、あれれ今年の新曲じゃないのお盛んね。だとか。そういった見方ができるものをwww上に掲出することは可能だな、と思っています。

今まで意図的に、例えばブログコメントは受け付けないだとか、今でいえばフォローを返さないだとか、それどころか、返信もしない、といった態度を貫いてきました。なぜって?僕はただ修行をしている身だったからです。

二十代の終わり、今後続けていくには僕には決定的にいろんなものがなさすぎる。と気がつきました。なので、才能の不足分を経験によって補っていく年月を、重ねてきました。その過程においては、たとえば作品について生き方について現状のクオリティについて、言い返す言葉など虚しいだけだからです。逆にいえば誰に何を言われても仕方ない、嫌われても呆れられてもどんどん友達が離れていっても、つまり何も言ってもらえなくなっても、それも当然自明のこと。できること。すなわち、ただただだまって続けていよう。と決めました。それが苦しくて、自暴自棄の悪態晒し、紆余曲折はもちろんのこと、挫けた時期もありましたが。


しかしそろそろ、作ったものを掲出して、ひそかにみなさんの意見を探り、その作品の去就を決めていく、という活動を始めようと思います。というのも、来年は50歳。同級生の中にはもう孫がいる人たちもあります。一方僕はようやくこれからやっと、培った自分の準備でいよいよ、歌っていこうかな、と思えるところまで来たのです。多分準備不足なのは、写真うつりの悪さ程度。それもおいおい、それなりに改善するでしょう。

今週末より、少しずつそのお試しを始めます。長年応援してくださった皆様がたには積極的に、一見さんのためのコメントを残してもらえるような形を、提出します。

人生は思いのほか長いので、僕のような信じられない極遅咲きも当然、存在し得るのです。豊かな国に生まれて幸運でしたよ。


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