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五十の威


もっとも簡単に言えば、五十の威だと思います。

とは言え、滅多にはない夜になりました。3月22日何様でいこうか、ご来場のみなさま、心よりありがとうございました。

だって、店長山石敬之さんがステージに花束持ってくるんだよ。わらったー。

五十の誕生日ともなれば、なんとなく人はお祝いしたくなるもの。確かに、僕にもその気持ちはあります。すなわちそれか。しかし当事者ともなると実感がないものだから、実際のところ面食らいました。だってね、お祝いの品が山盛りで本当に手が足りなくてあの夜は運びきれず、翌日また池袋フィールドに引き取りに行ったのですよ。長年いただきもの人生をしてきましたが、これほどは初めてです。五十の威、と称したのはそのためです。

ふと先日思いだしたのは、僕が会社員しながらライブハウス四谷コタンのオーディションを受けるべくカセットテープを送りつけたのが、1994年の3月だったことでした。ただしカセットテープオーディションは受け付けておらず後日電話をして結局6月にオーディションを受けて、8人中4人に入ることができて、8月から歌い始めたのでした。

すなわちそれからおよそ25年。人生のちょうど半分になったのです。

まだやってんのかよ。と言ってくれる当時の友人知人同僚たちとは、ほぼ縁が切れてからも久しくなりました。

今いるのは、ちょっとやそっとじゃ得難い、お客さまばかり。

そして、今回のようにお誕生日お祝いに駆けつけてくださる、普段お世話になっている皆様がた。

我がことながら、生きて来たな。生きているな。と思います。そしてそれ以上は何も言うこともないです。おまけに、多くの皆さんが、声をかけてくださりながら帰って行かれました。じゅうぶんです。誰もができることじゃありませんし。


じゅうぶんではありますが、僕にもまだまだこの先がありますから、このあとの行は今後のために書き残しておかねば気が済みません。

日々、歌を作ってみては、これならどうかあれならどうか、と考えています。だからいっぱい、歌があります。でも今回は時間の都合もあって30曲しかできませんでした。ありがとう、という歌も端折りました。まちあわせ、とか、おねがい、だとか、初めての場所でよくうたってみる歌たちも。近頃つくった平成に別れを告げる今、わたしの平成だってやらず。あれ、そういえば919もやっていませんし、春なのに、愛春歌も、春が君を洗うも、三月は必ずやっていた花粉だってやりませんでした。日曜讃歌だってエコロ気だって一番遠い所だって足あとだってワタナベさんだってかたわれだって生きる理由その一もきれいな心アレルギーもみんなの大好きな錯乱の友人も、せっかくピアノも弾いたのに思い出のようですだってうたの人もおやすみもそらにもコンタクトもはじまらない物語や正義と真実のばかなんか完全に無視だし金子3−3も一生のおねがいもいたいくらべも、自分が一番好きなつぼをさがしても、やらずじまい。

まだお会いしていない、ちょっと変なもの好きなあなたと出会うために、僕はこれからもうたっていってみようと思います。そして、出会った数だけうたが生まれる、終わりのないうたの人人生が、死ぬまで続くのだろうな、と今はぼんやり思えています。

今回は、CD何様で行こう、を製作しました。豪華歌詞カードつきの限定商品はなんと一夜で完売しましたが、3月29日より、僕もよく利用するAmazonでの取り扱いが始まる予定です。それもあってか、地方FMで紹介される予定です。こういった細かい情報をまとめるのが苦手なので、逐一ご報告しつつ、まずは四月八日、新宿で世古武志のためにピアノを弾く準備に入ります。

また、みなさんとお会いできますように。


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