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餃子

近々またダンジー餃子に行くことになったので、書いてみます。僕が長年歌っていた日曜餃子愛好会という歌の話とはまったく別のお話です。


また、教室の話が出てきますが、長年やっているボイストレーニング教室のことです。内容はただ餃子と私たちの話なので、教室のブログでなくこちらに書いています。どうですこの他人行儀なほどの外向き感。


ダンジーさんは、モノマネ芸人です。アントニオ小猪木くんの紹介でボイストレーニングにやって来ました。


その理由は曰く。


本当の自分の声を知りたい


でした。なるほどモノマネ芸人らしいといえば、らしい動機でした。つまりわかりやすく言えば、オリジナル曲を作る人でもあったので、だからこそモノマネではない自分の声を使いたかったのだそうです。2008年頃の話だったと記憶しています。


一方で、いつか餃子バーをやりたいと常々言っていました。時々レッスンに試作品のオリジナル餃子を必ず5種類ほど自宅で焼いて、水道橋の教室まであたたかいまま持ってくるのです。そして、好みの順位をつけてくれと言うのです。どれもこれも手が込んでいて、時に珍妙な取り合わせも可笑しい、美味しいものでした。


やがてめでたく彼が自分の声に対する不安も落ち着くと、教室に通わなくなります。僕らは別れ際、約束をしていました。彼は必ず餃子バーを作る。僕は歌では無理でも教室で稼げるようになったら必ず餃子を食べに行くと。


しばらくのちに、東中野に本当に餃子バーを作ったと噂に聞きましたが、僕にはなかなか、東中野まで出向く余裕が出来ませんでした。商売は難しいものです。


しかし2013年9月。ついに僕はダンジー餃子に出かけることになります。宿願成就の日に残念ながら彼は店に出ておらず、店を手伝う仲間の芸人さんにもてなされながら、次こそ再会をと言い残したものでした。まさかその翌月からまたジリ貧に堕ち、再訪がかなわなくなるとはゆめにも思わなかったのですが。


こうして試しに振り返ってみると、我ながら気の長い話だなと思います。餃子ひとつ外食するのに何年かかるのでしょう。あんまり長いので端折ります。


やがて2017年初夏、僕は教室を移転させるために物件を探しているその最中偶然、ダンジー餃子が新宿に移っていることを知りました。即座に、行かなきゃと思えるくらいに、人生において最高潮に外食をし始めたころでした。人生には波があるものです。


派手な振る舞いが苦手な僕は予め連絡はせず、のそっと訪れ。彼は両手を広げて歓待してくれました。彼も覚えていたとまでは思わないものの、自分が覚えていた約束を果たした感慨以上に、相も変わらず手のかかったあったかい餃子は、美味しかったものでした。


日曜餃子愛好会は、本日の記事の内容とは無関係です

ばかだなあ。長い試行錯誤の果てのその丁寧なつくりと、だからこそのメニューに対する愛の溢れた個性的なネーミングに、最強賛辞をささげます。ばかだなあ。


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